第6回平尾文化村コンサートin若葉台(ダイジェスト版)

このビデオは約2時間の映像を約7分にしたものです。
また通信回線速度の十分でない方々にも見てもらえるように映像を加工しています。
撮影時の映像をご希望の方は「いなぎICカレッジ事務局」にご相談ください。

(いなぎICカレッジ事務局は
トップページの左下に記載してあります。勤務日は火曜日〜金曜日10:00〜16:00です)
主な踊りの解説は下記をご覧ください
藤娘

元禄期になりますと京の都を中心に大店の奥様や娘たちが、派手に着飾って名勝仏閣の物見が流行しました。持ち帰る土産物に近江津の国では「大津絵」があり、その中の藤枝を持った美しい娘の絵が評判でした。それを題材に舞踊化したのが藤娘です。
「若紫に十返りの・・・とオキ唄から、チョンと柝が入ってパッと照明が入りますと 松の木にさがる藤の花の下に黒塗りの笠、藤の枝を肩にした絵姿で あでやかに登場します。
江戸は寛政の頃に大流行した「潮来出島」というひなびた曲が挿入されています。

越後獅子

越後(角兵衛)獅子とは小さな獅子頭を頭にのせ 羯鼓をつけて軽業を往来で見世物にした越後の国の貧しい旅芸人を言います。今から二〇〇年前、江戸は中村座初演の七変化舞踊のひとつです。
「打つや太鼓の音も澄渡り・・・に始まり 越後潟お国名物さまざまあれど・・・と獅子舞で門付けしていきます。「来るか来るかと浜へ出て見れば・・・とゆったりとした浜唄になり、甚句やおけさの曲調が加えられています。「さらす細布手にくるくると・・・と曲芸的に見せるサラシの踊りで締める変化の多い舞踊です。今回はこのサラシの部分だけを披露いたしました。

連獅子

獅子の親子が連れて舞うことからこの名があります。能の「石橋」を下地にして舞踊に仕立てられました。中国は山西省にある聖なる山・清涼山を舞台に踊られます。
この曲は親獅子が子獅子を育てる為に、子を深い谷底に蹴り落とします。傷つきながら必死に這い上がってくる子獅子を見守りつつ感激の対面をいたします。親子の情愛を微妙な技巧と振り付けで表現する難しさがあります。親獅子は白の手獅子、子獅子は赤の手獅子を持ちます。踊り手は親獅子を花柳要三郎、子獅子を花柳要梅が踊りました。
初演は一八六一年、初代・花柳寿輔がその子芳次郎と演じました。

花柳 要三郎  プロフィール

9歳から花柳昌三郎(旭 日 小 綬 章叙勲)に師事し師範となる。
日本舞踊協会会員。女流名家舞踊大会、推薦名流舞踊大会、華扇会、みそみ会などに出演している。
都立医療技術短期大学(現首都大学東京)の同好会を指導。
 現在「いなぎICカレッジ」にて小学生の指導に当たっている。
また、「要の会」を主宰し活動の拠点にしている。